経済評論家やコメンテータの主張が信頼できるのか、簡単に評価する方法!
温故知新(おんこちしん)。
以前、学んだことや、昔の事柄を、もう一度調べたり考え直すことで、新しい知見や法則を見出し、自分のものとすることを言います。
この言葉を国語の授業で習った時には
「ふーん。」
としか感じませんでした。
しかし、自分が、ライフプランや金融商品、不動産の話に関わるようになってからは、身にしみて、この言葉の重要性を感じるようになりました。
経済評論家やコメンテーターを評価してみよう
テレビで賢そうにコメントしている経済評論家やコメンテーター。
たしかに、話しっぷりは見事ですよね。
しかし、先を見通す、という意味では、結構、的を外していることも多いように感じます。
しかも、外したことは、自分を含め、誰も復習・評価することなく、何事もなかったような顔をして、次の話題のコメントに進んでいくのです。
私は、そこに着目しました。
「果たして、この評論家のコメントはどのくらい信用できるのだろうか?」
私は、その人が信用できる人なのか、確かめるためのいい方法を見つけました。
それは…
「雑誌を定期的に保管しておくこと」
です。
私の場合、2000年、2005年、2010年…、というように、5年刻みくらいで、マネー雑誌を保管しています。
普通なら、廃品回収に出すところですが、昔の雑誌のコラムを振り返ると、結構、面白いのです。
テレビでえらそうに話をしている人が、意外とデタラメな長期ビジョンを語っていることが分かるでしょう。
先の見通しが甘かった例
【例1】為替相場
例えば、2000年頃のマネー雑誌で「為替相場の見通し」欄を見てみることにしましょう。
そこには、今も現役で活躍している経済アナリスト達のコメントがいくつか掲載されていました。
この頃の為替は、1ドル110円くらいで推移していました。
「この先、短期では円高、長期では円安が進むことになるので、数年後に円を外貨に変えておくとよいでしょう。」
それっぽいコメントですが、この先、1ドル120円くらいまで円安が進むことになり、長期では、リーマンショックを迎え、1ドル80円近くまで暴落することになります。
この評論家は、ものの見事に相場を外していたのです。
しかし、この評論家は、今もなお、さも予測の達人のような顔をして、コメントをしています。
私は、ほくそ笑みながら、そのコメントを聞いています。
【例2】投資信託
2000年代半ば、「貯蓄から投資へ」というフレーズが流行った時期がありました。
普通預金や定期預金をやめて、投資信託を買いましょう、という風潮が高まっていました。
ある雑誌にも、こう書かれてありました。
「今、投資信託を買うと、数年後には、インカムゲインとキャピタルゲインを合わせて30%くらいは儲かりますよ。」
この直後に、サブプライムショックがあり、投資信託は軒並み、値を下げました。
この時期に、虎の子の退職金を投資信託に預け、大損をした人も少なくないのではないでしょうか。
さらに面白いのは、ここで投資をやめてしまった人は、大損をして終わりです。
しかし、粘り強く保有し続けた人は、2015年を過ぎる頃から、評価益を刻んでいると思われることです。
ものごとを評価をするのには、かなりの時間を要することが分かります。
ノーベル賞が、受賞者の死後に決定するというのも、少し理解できるような気がしました。
【例3】住宅ローン
2000年頃の雑誌です。
「住宅ローンは3%程度なので、今が底です。金利は少し高くなりますが、長期で固定しましょう。」
ほとんどのファイナンシャルプランナーがこのようなコメントを残していました。
しかし、マイナス金利が話題になる中、金利の底が2000年でないことは今となっては自明でしょう。
今では、借り換えを進めるコメントがあちこちに掲載されています。
【例4】年金制度
2000年頃の雑誌に、ある人が、次のようなコメントを残していました。
「日本の年金制度は危ない。あと20年くらいで破綻するだろう。」
今は2020年です。もう年金制度は破綻したのでしょうか?
たしかに、年金財政が厳しいのは理解できますが、20年という読みは、おそらく外れているといってもよいでしょう。
【例5】不動産投資
これも2000年頃の雑誌を振り返ってみます。
今でこそ、サラリーマンの副業の代名詞となっている不動産投資ですが、この頃、この言葉を見ることはほとんどありませんでした。
一部の富裕層だけが、多くの物件を保有している状況だったのではないでしょうか。
「なるべく早く不動産投資を始めて資産形成していきましょう!」
と、今ではあちこちで掲載されています。
しかし、2000年頃は、不動産投資の記事すら、ほとんどなかったのです。
仮想通貨もそうですが、アンテナを張って、世の中よりも少し早く始めることが成功の秘訣のひとつではないかと思いました。
まとめ
以上、5つの例を見てきました。
共通して、私が言いたいことは、どの時代も、人の意見は参考にしてもいいけど、考えるのは自分自身だということです。
将来を100%、正確に予測できる人は誰もいません。
「あの優秀そうな人がコメントしたからこの金融商品を買った」
とか
「この本に書いてあったから不動産投資を始めた」
というのは、自分自身が思考停止に陥っていることに他なりません。
いつの頃からか、私は、コメンテーターの言うことを、話半分で聞くようになりました。
これによって、自分で考える時間が、少しだけ増えたような気がしています。
「(他人の意見は参考にするが)自分で考えて、自分で決定する。」
このことが、自分の成長を促すことになっているのではないかと思っています。
あ、そうそう。
このブログの記事も、雑誌の記事のように記録が残ることを忘れていました。
将来、振り返っても恥ずかしくないようにしておかなければ…。